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読書感想『侍女の物語』マーガレット・アトウッド

著:マーガレット アトウッド, 翻訳:斎藤 英治
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ハヤカワepi文庫に入っていて、Netflixでもドラマ化されてたのは知っていた。タイトルが面白そうで、以前から読んでみたく、ようやく手にとって読んでみた。

侍女たちが子を生む道具として扱われるディストピア小説で、とてもおもしろいストーリーだった。文学的な表現も多く(著者が最初に出した本は詩集だったらしい)、それが小説の世界観を魅力的なものにしている一方で、個人的には冗長に感じたり、スラスラ読みにくいことが多く、読むのにやや時間がかかり忍耐を要した。ただこれは好みの問題で、この文学的な表現が好みの人もいると思う。

注意:小説の内容のネタバレを含みます

主人公の侍女オブフレッドには、何の自由もない。司令官とその妻が住む家に侍女として住まい、司令官の子を生むのが役目。家のために買い物に出かけるのも、他の侍女をペアでないと動けない。娯楽のための時間もない。好きなことも話せない。この社会体制に反逆しても、逃亡しようしても殺される。

そんな社会で生きるというのはどういうことか、どんな風に感じるのか、オブフレッドの目線を通して語られる。

仮に自分が同じような状況、つまり何らかの原因で社会体制が変わり、誰かに監視・管理された自由のない人生を生きなければならなくなったら、どうするか?

とりあえずはどうしようもないだろう。社会や監視者にしたがって、殺されないように生きるしかない。でもそのような状態から、どうすれば抜け出せるか、自分にはどんな選択肢があって、何ができるか、全力で考えはするだろう。

オブフレッドも従順に目立たないように生きながらも、いろんなことを考えていた。

でもけっきょく、社会や組織の力というものは大きく、個人がどうこうできるものではない。最終的には仲間を見つけて、革命を起こすしかないのではないか。歴史上で革命を起こしてきた人々も、そんな状況だったのか。

実際、小説のなかでも、反乱分子の組織・ネットワークみたいなものが秘密裏にできていた。もし自分だったら、リスクを取ってそのような組織に所属して、その活動に生きがいを見出すのかもしれない。

こんなディストピア社会を、自分が生きてるあいだに経験することは十中八九無いだろうが、でもアナロジーで考えてみると、この現代社会も、多かれ少なかれ、このディストピア社会に似た部分があるのではないか?

一番に思い浮かぶのは資本主義だ。資本の増殖運動のなかで、ほとんどの人は自分の労働力を売って生計を立てなければならず、何らかの形で企業の属する。そこでは少なくとも1日8時間、週5日以上を拘束されることが多く、ある意味で自由はない。もっと長時間搾取されてきた昔と比べると、労働基準法などがある現代の日本社会は、まだ人道的なのかもしれない。だがそれでも、1日8時間、週5日以上を労働しなければならないのは大きな不自由だ。

また、社会や組織が求める人材にならないと、出世はできず、給料も上がらない。ある意味、本書のディストピア社会と同じような監視・管理された社会を生きてると言えるのではないか。さらに、資本主義社会のなかで、自らの身体を売らないと生計を立てれない女性が現実としているが、これも、本書の侍女と似通う部分があるのではないか。

人がディストピア小説に惹かれる理由は、好奇心が満たされるだけでなく、自分が生きる人生との類似点を見出しているから、なのかもしれない。

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